ほひょの旅

旅行温泉キャンプ大好き新潟県民

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新潟県・福島県 エコミュージアム~田子倉ダム~河井継之助記念館

 2006年8月22日。

 実家の両親達と県央で合流。今回の旅の最終目的地は「尾瀬」です。

 地図上では、関越自動車道小出ICを下りそこから国道352号線をひたすら通ればすぐ尾瀬に到着します。ただ、カーブが多く道幅も狭く車に酔ってしまうとのことで、別ルートの福島県側から行くことにしました。

 ちなみに尾瀬へのルートは…
 「国道289号(新潟県側)→290号→252号→289号(福島県側)→401号→352号」というコースです。

 

エコミュージアム

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 新潟県魚沼市(旧入広瀬村)大白川地区で、国道252号線から県道346号に入って少し寄り道。写真の「エコミュージアム」に到着です。

 

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 建物の中は園内に生息する動植物や野鳥などの詳細を知ることが出来ます。

 

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 「チップ歩道」です。段差のない木片舗装で硬くなく、非常に足に優しい歩道です。この先には水芭蕉などが咲く湿原に続いています。私達も30分ほど歩きました。

 

 

田子倉ダム

 国道252号をひらすら走りいよいよ福島県に。道はカーブが多くなってきます。それにしてもトンネルが狭くて灯りがないため、大型車が来るとビビります。ここから雨が降ってきました。

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 写真は浅草岳の登山入口。ここからの浅草岳への登山コースが一番大変だとか。それにしても変な虫がたくさん飛んでました。

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 そして国道252号の途中でトイレ休憩も兼ねて「田子倉ダム」に到着です。

 

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 20年以上も前に来た事があるのですが、当時のことはまるで覚えていません。とにかく大きいダムです。

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 雨があがったので「田子倉ダム」から少し下流にある広場でお昼ご飯を食べることにしました。写真はその近くにあった橋。名前が新潟市にある橋と同じ「万代橋」でした。

 

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 お昼ご飯は両親とおばさんが作ってくれたおにぎり等。旅先で余計なことにお金を絶対使わないのがポリシーの両親達は、ホットコーヒーを飲むためのポットまで持参。すごいと思いました。

 

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「河井継之助(かわいつぎのすけ)記念館」

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 写真は「叶津番所跡(かのうづばんしょあと)」。会津藩と越後藩の境を守った番所です。また看板には「八十里越」と書いてありますが、国道252号線が昔そう呼ばれていたのです。残念ながら今日はやってなかったみたいでした。

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 そして次に私達が向かった先は「河井継之助(かわいつぎのすけ)記念館」です。

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 河井継之助(かわいつぎのすけ)は戊辰戦争当時に東軍会津藩と同盟関係にあった越後長岡藩の家老です。

 

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 西軍による猛攻で落城した長岡城からこの「八十里越」を越え、再起を図るために会津に向かう途中、戦傷により志半ばにしてこの地で亡くなったのです。残念ながら館内は撮影禁止でした。

 

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 「河井継之助記念館」に併設されているのが写真の「山塩資料館」です。塩沢地区は戦前は塩の生産地として有名だったのですが、戦後の只見川電源開発により水没したそうです。

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 なお河井継之助は当時日本に3門しかなかったガトリング砲(1分間200発)を2門購入し、長岡城攻防戦で西軍相手に使用したことでも有名だそうです。

 

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