ほひょの旅

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宝珠山立石寺「山寺」 前編

2007年8月10日。山形県山形市。 

 

「山寺」は通称 

てっきり「山寺」という名前なのかと思ったら、正式名称は「宝珠山立石寺(ほうじゅさんりっしゃくじ)」なのだとか。貞観(じょうがん)2年(860年)第56代清和天皇の勅命により、慈覚大師が開山した山岳仏教のお山のことなのです(天台宗比叡山延暦寺の別院)。

 

東北第一の天台霊場として有名、というよりは松尾芭蕉が旅の途中で訪れ、「閑さや巖にしみ入る蝉の声」と詠んだということで有名なのかも。

 

 

根本中堂から行くよー

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登山口近くの無料駐車場に車をとめ、石段を上って見えてきたのが左写真の「根本中堂(こんぽんちゅうどう)」です。

 

実は「立石寺」の山内には50余の建物がありますが、「立石寺」という建物はなく、中心となる本堂がこの「根本中堂」なのです。なんてわかりづらい… 「根本中堂」は国の重要文化財であり、ぶな材の建造物としては日本最古のものなのだそうです。

 

右写真はその「根本中堂」にある「招福布袋尊(しょうふくほていそん)」。その体をなでて願い事をお祈りするのですが、考えることは皆同じ、頭が一番なでられおり、てかてかになっておりました(私も頭をなでた)。

 

 

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「根本中堂」は有料ですが中に入ることが出来ます。左写真の「一千二百年不滅の法灯」が有名で(中は撮影不可)、建立当時に比叡山延暦寺から法灯を移されたのだとか。

 

それから炎が一度も途切れることなく今日に至っているそうです。逆に織田信長による延暦寺焼討ち後、炎が途絶えた延暦寺に法灯を分けたのだそうです。

 

 

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左写真は「橋殿」。天皇・宮家人(みやけにん)のみ渡れる戸橋とのこと。橋の裏側には梵字が刻み込まれているんですって。理由はわかりません…

 

また右写真は「清和天皇御宝塔」。山寺を勅願寺(ちょくがんじ:国家鎮護などを祈願して建てられた寺)とした清和天皇の供養塔で、ここでは最も古い石塔なのだそうです。

 

 

日枝神社

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「根本中堂」から左へ真っ直ぐ向かうと、左写真の「日枝神社(ひえじんじゃ)」が見えてきます。貞観2年の慈覚大師の開山にあたり「釈迦・薬師・阿弥陀三尊」を安置し、山寺の守り神としたそうです。

 

また江戸時代までは「山王権現(さんのうごんげん)」と呼ばれていたとか。今現在は大山咋命(おおやまくいのみこと)を御祭神としております。大山に杭を打つ神ということでお山の神様ですね。

 

ちなみに右写真の「大銀杏(おおいちょう)」は慈覚大師が植えられた御神木です。

 

 

小銭に名前を書くと願いが叶う?

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右写真は「亀の甲石」。小銭に名前を書いてここに置くと願いが叶うそうです。ちなみに私たちは10円に名前を書きました(せこい)。

 

 

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こけし塚」。

 

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左写真が「芭蕉像」。そしてその目の前にある右写真の有料の「宝物殿」にも入りました。怖い絵がたくさんありました…

 

 

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左写真は「真っ白い仏」。日々生かされ生きていることに感謝を捧げ、幸福を祈りましょう。

 

右写真は阿弥陀如来が本尊の「念仏堂」。堂内には徳川将軍家の霊碑などが安置されているそうです。

 

 

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「幸福の鐘」。心をこめて鐘を二回ついてお祈りすると、願い事が叶うとか。私たちも心をこめて鐘をつきました。

 

 

ここから有料 「山門」に突入~

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ここからは有料となります。右写真の「山門」で大人1人300円を支払い…

 

 

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写真のように石段を登っていきます。この石段を一段二段と登ることで、煩悩が消滅するそうな。

 

…今日は暑いから煩悩の前に体力が消滅しそうです。

 

右写真は「姥堂(うばどう)」。ここから下は地獄、上が極楽という浄土口で、そばの岩清水で心身を清めて新しい着物に着替えて極楽に登り、古い衣類は堂内の奪衣婆(だつえば)に奉納するのだそうです。奪衣婆をアップで撮りませんでしたが、結構怖い顔をしております。

 

 

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左写真は、慈覚大師が雨宿りしたところなのだそうです。

 

 

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参道のあちこちに右写真のようなものがありました。これは「後生車(ごしょうくるま)」といって、年若くして亡くなった人の供養なのだそうです。

 

南無阿弥陀仏ととなえて車を回すと、その仏が早く人間に生まれてくることができるのだそうです。私達も回しました。

 

 

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せみ塚」です。「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」という芭蕉が書いた短冊を埋めて石の塚を建てたものです。

 

 

いよいよ「仁王門」

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そして左写真が「弥陀洞(みだほら)」。長い歳月の間に岩が風雨よって削られ、阿弥陀如来の姿を造りだしたのだそうです。

 

一丈六尺(4.8メートル)の姿から「丈六(じょうろく)の阿弥陀」とも呼ばれ、善良な人には阿弥陀如来に見えるそうです。またその姿を見ることができた人には、幸福が訪れるとか。

 

…全く見えませんでしたけど? 近くにいた観光客の方も「何にもわからねぇ」と言ってました。一同、幸福には程遠かった模様。

 

で、いよいよ右写真の「仁王門」が見えてきました!

 

 

 

 

「山寺」後編に続く

 

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